ベルリンの分野特化型コワーキングスペース イノベーションのエコシステムを支える共創空間

Introduction

イノベーションの誕生と成長に必要なエコシステムが育つ街では、必然的にコワーキングスペースの需要も増える。その多くは単なる「場所」の提供・共有に止まらず、それぞれのスペースで独自のコミュニティが形成され、そこでの出会いがイノベーションの原動力の一つとなってビジネスの機会を創出している。今月のレポートでは多種多様なスタートアップが集うベルリンでも近年増えつつある分野特化型コワーキングスペースの事例を紹介したい。

The Drivery (モビリティ分野)

Photo credit: The Drivery

ベルリン南部、テンペルホーフ=シェーネベルク地区のランドマークとして知られるウルシュタインハウス。1920年代後半に建設され、かつては出版社の本社社屋兼印刷工場として使用された巨大な建物の一画に、ヨーロッパ最大のモビリティ・イノベーション・コミュニティ&マーケットプレイス「The Drivery」がある。

2019年5月のオープン以降、モビリティ分野にフォーカスした120社以上のスタートアップをはじめ、大手企業やVCなど20社以上も参加し、現在の会員数は700以上。定期的に開催されるコミュニティ・イベントや提携企業とのアクセラレーション・プログラムなどを通じて、独自のイノベーション・エコシステムを構築している。

Photo credit: The Drivery

10,000平方メートルを越えるフロア内には、フレックス・デスクやチーム・スタジオといった従来型のコワーキング・スペースはもちろん、本格的なオーディオ機材を備えた「メディア・スタジオ」、ハイエンドな工具と設備を使用できる「メーカー・ガレージ・スタジオ」、オフィス内に設置されたAI/ビッグデータ解析向けのスーパーコンピューター“NVIDIA DGX Station”にアクセス可能な「ディープラーニング・デスク」など、他に類を見ないインフラで会員のニーズに応える。

環境問題や都市交通網の最適化など、モビリティ業界が取り組むべき技術的、社会的課題は多岐に渡る。業界のヒエラルキーを超え、規模の異なる複数の企業や技術者らがそれぞれの得意分野を持ち寄って、モビリティの未来をデザインする。そんな共創の実現とイノベーションの活性化のために最適なコミュニティとツールを提供するプラットフォームとしての役割を「The Drivery」が担っている。

Photo credit: The Drivery

The Drivery 
所在地:Mariendorfer Damm 1, 12099 Berlin
Webサイト:https://thedrivery.com

H:32 (フィンテック分野)

西ベルリン中心部のシャルロッテンブルク地区に2018年5月にオープンしたフィンテック・ハブ「H:32」。ユニークな名称はその住所に由来する。運営するのはヨーロッパ最大手のフィンテック・エコシステム・カンパニービルダー「finleap」と、フルサービスオフィス・プロバイダーのScaling Spacesだ。

かつてのベルリン銀行本社ビルを改装した8フロア、床面積11,000平方メートル以上の建物内には、finleap社の本社をはじめ30社以上のフィンテック企業、国際的な投資家や銀行、保険会社などがオフィスを構える。「金融のデジタル化に関心がある企業や個人のためのオープンハウス」を標榜する同スペースでは、女性起業家支援や業界向けのミートアップ、ワークショップなどが定期的に行われ、ハブ内の企業を繋ぐマーケットプレイスとしても機能するなど、様々な角度からメンバー同士のニーズをサポートしている。

市内を眺望出来るルーフトップ・テラスや、ベルリンを拠点とするストリート・アーティストらが手掛けた内装など、オープンな雰囲気の空間デザインも会員同士のネットワーク作りに一役買っている。広々としたコミュニティ・エリアやイベント・フロアが設けられているのも特徴的で、こちらは国際的なカンファレンスのサテライト会場としても使用されているほか、国内外メディアにとってはフィンテック業界のタッチポイントとしての役割も果たしている。

ドイツ連邦経済エネルギー省は、特定の分野に注力する国内12のデジタル・ハブを指定して産業のデジタル化を目指す「デジタル・ハブ・イニシアティブ構想(通称de:hub)」を推進しているが、この12か所にベルリンのフィンテック・ハブも含まれており、当地に集結したスタートアップ企業、銀行、保険会社が協力して画期的なソリューションの開発に励んでいる。こうしたドイツ政府の後押しを受けて、「H:32」は業界内でも強い存在感を示している。

Photo credit: finleap

H:32
所在地:Hardenbergstraße 32, 10623 Berlin
Webサイト:https://www.finleap.com

Bosch IoT Campus / Bosch Startup Harbour (IoT分野 / インダストリー 4.0)

自動車部品の世界大手として知られるボッシュ(Robert Bosch GmbH)は、近年エレクトロニクスとソフトウェア分野に集中的にリソースを投下しており、IoTやAI、コネクテッド技術などを強化しながら最先端IoT企業への変革を推し進めている。クルマの自動化ではダイムラーと共同開発したレベル4の自動運転システムを使った無人バレットパーキングの認証を世界で初めて取得、ネットワーク化ではクラウド基盤を自ら整備するなど、業界のリーディング・カンパニーとしての地位を強固なものにしている。

そのボッシュが2018年1月、ベルリンに「ボッシュIoTキャンパス」を開設した。ここではIoTコンサルタント、ソフトウェア開発者、プロジェクトマネージャー、トレーナーなど300人以上のスペシャリストが、主にIoTとデジタルトランスフォーメーションに関連するプロジェクトに携わっている。

IoTキャンパスでは、自社のIoT専門家とベルリンのクリエイティブ、デジタルシーンとの架け橋となってIoTエコシステム全体を結びつけることに重点を置いており、社内外を問わず参加できるハッカソンやミートアップ等のイベント開催や、自社のIoT専門家による技術トレーニングコースやビジネス・ワークショップなど、様々な機会を提供している。

Photo credit : Bosch IoT Campus

また、独自の起業家育成プログラム「Bosch Startup Harbour」を通じて、ベルリンを拠点とするアーリーステージのスタートアップ企業の支援も行っている。このプログラムでは包括的なコーチング、メンタリング、トレーニング・カリキュラムだけでなく、関連するボッシュの事業部門やパートナー、潜在顧客、投資家との仲介も手助けする。さらに6ヶ月間のプログラム期間中、各チームメンバーには月1,800ユーロの公的奨学金が支給されるなど、手厚いサポート体制を取りながら現地の起業家と共にイノベーションを促進している。

Photo credit : Bosch IoT Campus

Bosch IoT Campus / Startup Harbour
所在地:Ullsteinstraße 128, 12109 Berlin
Bosch IoT Campus : https://bosch.io/de/ueber-uns/standorte/berlin/
Bosch Startup Harbour:https://www.startup-harbour.com

FACTORY BERLIN GÖRLITZER PARK ( アート&テクノロジー分野)

ベルリンのイノベーション・エコシステムを代表する「Factory Berlin」が、2番目の拠点「FACTORY BERLIN GÖRLITZER PARK」をクロイツベルク地区にオープンさせたのは2017年末。2カ所合わせて3,500人以上、70以上の国籍の会員が登録する一大コミュニティが形成されている。

「コミュニティの成長に貢献できる企業や個人をメンバーとして受け入れる」という方針のため、会員になるには審査と面接を経る必要があるものの、年間400回ほど開催される教育的・社会的イベントをはじめ、大学やグローバルな組織ともパートナーシップを結ぶファクトリーだからこそ得られるリソースや人的ネットワークの持つ魅力は大きい。

Photo credit: Factory Berlin

ゲルリッツ公園沿いにある5階建て14,000平方メートルのクロイツベルク・キャンパスには、オフィススペースやワークスペース以外にも、創造性を高める仕掛けやコミュニティを醸成する工夫が随所に施されている。「クリエイターズ・ラボ」と呼ばれるエリアには、音楽スタジオや瞑想室、キッチン、テック・テストセンター、スポーツ・エリア、アーティスト・レジデンシーなどを備えており、異なる分野の人々が出会い、最先端のアイデアを共有しながらコラボレーションが容易に起こりうる場となっている。このスペースを発展させて2019年5月にスタートした戦略的プロジェクト「The Creative Code」では、アーティストやミュージシャンをコミュニティに招き、テクノロジーやアート、ビジネスの領域を超えた新たな価値の創造を目指して、実験的なイベントが数多く行われている。

ファクトリーはもはやコワーキングスペースを名乗っていない。求心力のあるクリエイティブなコミュニティとネットワークを構築することに重点を置きながら、インスピレーションを刺激するプラットフォームとして今後もベルリンのスタートアップ・シーンを牽引して行くだろう。

Photo credit: Factory Berlin

FACTORY BERLIN GÖRLITZER PARK
所在地:Lohmühlenstraße 65, 12435 Berlin
Webサイト:https://factoryberlin.com

AI Campus Berlin ( AI 分野)

2021年初頭にオープン予定の「AI Campus Berlin」は、ヨーロッパ初のAI特化型コワーキングスペースだ。立ち上げるのはベルリンを本拠とする”AIベンチャースタジオ”のMerantix社。世界初のAI分野に特化したカンパニービルダーで、これまでに乳がんスクリーニング用AIプラットフォーム企業などをインキュベートしている。

コワーキングスペースの中心となるのは、700平方メートルの「コネクション・スペース」だ。ワークショップルーム、メーカースペース、ラウンジエリアなどが設けられ利用者同士のコミュニケーション・ハブとして機能するほか、イベントやプレゼン、商談など多目的に活用できる。スタジオとオフィススペースはチームのサイズに応じてデスクをアレンジ出来るので柔軟な利用が可能だ。

既に成長しつつあるAIコミュニティをベースに、より高いレベルでのコラボレーションを誘発し、新たな価値を生み出す「共創スペース」にしようという意気込みが感じられる。

Photo credit: AI Campus Berlin

AI Campus Berlin
所在地:Max-Urich-Straße 4, 13355 Berlin
Webサイト:https://www.aicampus.berlin

まとめ

ベルリンにスタートアップやフリーランスの人材が集まるカフェやコワーキングスペースが登場し始めたのは2000年代前半。従来型のオフィススペースに加えて、近年ではハードウェア系、メディア系、アート系、ソーシャルサービス系など分野ごとに特化したスペースも増え、利用者は利便性や費用だけではなくそれぞれの目的やビジョンに合った選択をするようになった。コミュニティの持つ求心力やネットワークが、創造性やイノベーションにとって重要な要素の一つであるからこそ、「お互いに補完する関係を築けるか、メンバーとなることに価値のあるコミュニティかどうか」という観点に立って、自らに最適なビジネスコミュニティとしての共創マーケットプレイス型のスペースが選ばれるトレンドは、今後イノベーションのキーとなるだろう。


©️JETRO このレポートはCROSSBIEが日本貿易機構(JETRO)向けに作成したものを、許可を得て掲載しています。元のリンクはこちらから。

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