進む教育分野のデジタルトランスフォーメーション パンデミック対応から未来のためのデジタル教育へ

Introduction

EdTech(教育テクノロジー)というとオンライン学習を連想しがちだが、実際には教育目標を達成するために作られたデジタル製品、ハードウェア、ツール、サービスの全体を指す巨大な産業だ。

世界のEdTech市場規模は2020年に894億9,000万ドルとなり、2021年から2028年までの年平均成長率は19.9%と予測されてる(※1)。教育産業のマーケットリサーチを専門とするHolonIQは2030年には市場が10兆ドルに達すると予測している(※2)。

パンデミック以前からEdTechスタートアップはすでに増加傾向にあったが、2020年のロックダウン以降、教育分野のデジタルトランスフォーメーションが加速。教育のあり方、学びのあり方を確実に変えつつある。

世界市場をリードするアメリカと中国に続いて、近年はインドが急成長。欧州ではイギリスが投資額・スタートアップ数ともに群を抜いてトップ、2位にフランスが続く(※3)。では、ドイツのEdtechシーンはどのようになっているのだろうか?

政府による支援策:コロナ対応から未来のためのデジタル教育へ

教育分野のDXに関して、ドイツ連邦政府は2019年3月に各州と合意した「学校のためのデジタル協定(Digital Pact for Schools)」に基づき、学校のデジタルインフラを整備するために、既に総額65億ユーロの資金を各州に提供している(※4)。

さらに2021年2月、ドイツ連邦政府は「デジタル教育イニシアチブ(Digital Education Initiative)」を立ち上げ、教育のすべての分野でデジタル化の速度を上げるべく、さまざまな施策やプログラムに資金を提供することを発表した。オンラインで行われたローンチイベントの中でメルケル前首相は、この新しいデジタル教育イニシアチブが学校や高等教育機関だけでなく「あらゆる年齢層の人々」を対象としていることを強調した(※5)。

ドイツからも勢いのあるEdTechスタートアップ企業が次々と誕生

パリを拠点とするEdTech専門のベンチャーキャピタルBrighteye Venturesのデータによると、ドイツのEdTechセクターへの投資額は2019年に5,000万ドル、 2020年に7,000万ドル、 2021年は半年で既に1億3,400万ドルと着実に伸びている(※3)。

LinkedInが2020年4月から10月の求人データをもとに「パンデミックをきっかけに需要が増した15の職業」を調査したレポートによると、ドイツでは2020年、「ライフコーチ」のニーズが前年比で112%増加した(※6)。理由は「世界的な危機に直面して、多くの人が新たな職業機会を求めたため」とLinkedinは分析している。

パンデミックに端を発したトレーニングや自己啓発のためのデジタルソリューションに対する需要の高まりに対応し、成長を続けているスタートアップのひとつが「CoachHub」だ。

CoachHub:人材育成、デジタルコーチング

2018年にベルリンで創業。あらゆるキャリアレベルの従業員にパーソナライズ(個別最適化)されたコーチングを提供する、人材開発・リーダー育成ビジネスだ。世界各地に2,500人以上の認定コーチを擁し、60以上の言語でクライアントをサポートする。トヨタ、富士通、JTインターナショナルなどの日本企業も顧客として獲得している。

CoachHubでは企業向けサービスの提供だけではなく、R&D部門「Coaching Lab」を通じて学術研究機関とも提携しながら、コーチング分野における革新的ソリューションの研究開発にも意欲的に取り組んでいる。

今年9月のシリーズB2で8,000万ドル(約88億円)を調達し、設立から3年間での資金調達総額は1億3,000万ドル(約144億円)となった。

他にも、コロナ禍においても著しい成長を遂げるなど話題となったベルリン発のEdTechスタートアップを以下にいくつか紹介したい。

AMBOSS:医学教育の分野に特化、医療従事者向けの情報プラットフォーム

AMBOSSは2013年にベルリンで「医学生向けの学習プラットフォーム」としてスタートし、2年足らずで90%以上の市場シェアを獲得。以来、世界中の医療従事者のための包括的な「医療知識プラットフォーム」へと進化し、現在はニューヨーク、ベルリン、ケルンにオフィスを構える医療テクノロジー企業へと成長した。同社によると「ドイツのほぼすべての病院でAMBOSSモバイルアプリが日常的に使用されている」とのことで、日々更新される医療情報を最新のガイドラインに沿って正確に提供することで、医師の臨床意思決定支援ツールとしても機能している。

Lingoda:ヨーロッパを代表するオンライン語学学校

2013年にベルリンで誕生したオンライン語学学習プラットフォーム「Lingoda」。英語・スペイン語・ドイツ語・フランス語を学びたい学生と、1,500人以上の資格を持ったネイティブ教師を結びつけるプラットフォームで、小規模グループまたは1対1のライブレッスンが24時間365日、レベルや予算に応じてフレキシブルに受講できる。

2020年4月、世界各地のロックダウン措置が教育システムに衝撃を与える中で、Lingodaは「#StayHomeKeepLearning」イニシアチブを立ち上げ、同社が提供する全ての言語学習教材への無料アクセス、オンラインクラスの設定に関する支援、オンラインクラスを成功させるためのマスタークラスやガイドを提供した。

デジタル言語学習市場は2027年までに170億ドル(約1.9兆円)規模に成長するとの試算もある中(※7)、Lingodaは2021年4月、5,700万ユーロ(約74億円)の資金を調達。海外市場での事業拡大、教材やツールの強化などを通じで、世界最大のオンライン言語学習ソリューションを目指すと意気込む。

bina:デジタル初等教育エコシステム

全ての子供が平等に質の高い初等教育を受けられる未来を目指して「デジタル初等教育エコシステム」を標榜するのは、ベルリンを拠点とする「bina」だ。6人以下の小規模なオンラインクラスで、4~12歳を対象に、生徒のニーズに合わせた個別教育をグローバルに提供している。5年以上の経験と修士(教育学)の学位を持つ教師陣、データに基づいた教育的アプローチも同社の強みだ。

2020年にローンチし、2021年8月にシードラウンドで140万ドル(約1億5,500万円)を調達。リードインベスターは孫泰蔵氏がCEOを務める投資ファンド「Mistletoe(ミスルトウ)」、エンジェル投資家としてブロックチェーン関連の開発企業パリティ・テクノロジーズ(Parity Technologies)の共同創業者兼CEOであるユッタ・シュタイナー(Jutta Steiner)氏が参加し、イギリスの元教育大臣ジム・ナイト卿(Lord Jim Knight)がアドバイザーを務めている。

TOMORROW's Education:未来のチェンジメーカーの教育に貢献

2020年設立、ベルリンに拠点を置く「TOMORROW's Education」は、実社会が抱える諸課題の解決に取り組む“チャレンジベース”の学習を通じて起業家精神を育成するプログラムを提供している。2021年1月には110万ユーロ(約1億4,000万円)のプレシードラウンド資金調達を実施し、ウィーン経済大学エグゼクティブ・アカデミーと共同で「サステナビリティ、起業家精神、テクノロジー」の分野のプロフェッショナル修士プログラムを開始すると発表した。

EdTech カンファレンス、アライアンス

Online Educa Berlin (OEB)

1995年から開催されている、教育テクノロジーの最前線に焦点を当てたグローバル・カンファレンスで、2021年は12月1−3日に開催予定。世界的な専門家によるワークショップや分科会を通じて、さまざまな新技術やトレンド、革新的なアプローチに触れると同時に、国際的な機関やステークホルダーとのパートナーシップ構築の機会となっている。

European Edtech Alliance

欧州各国のEdtech業界団体やクラスターによるコンソーシアムで、欧州のEdtechセクターの成長を支援し、汎欧州のEdtechエコシステムの連携を強化することを目的に2019年に設立された。欧州全体の教育政策の決定に寄与するデータや情報の提供のほか、新興企業のイノベーションと成長、拡大を支援するためのネットワークや機会を提供している。

まとめ

今回のパンデミックによって、社会にとって学習機会や学校生活が非常に重要であることが改めて浮き彫りになった。学校教育、職業訓練、生涯学習、自己啓発に止まらず、企業や組織を変革するためのツールとしての可能性を持つEdTech。社会がこれまで以上にデジタル学習リソースを必要としている今、ドイツからも更なる革新的なサービスが生まれることを期待したい。

<参照リンク>
(※1) Education Technology Market Size, Share & Trends Analysis Report By Sector (Preschool, K-12, Higher Education), By End User (Business, Consumer), By Type (Hardware, Software), By Region, And Segment Forecasts, 2021 - 2028
https://www.grandviewresearch.com/industry-analysis/education-technology-market#:~:text=The%20global%20education%20technology%20(EdTech,USD%2089.1%20billion%20in%202020.
(※2) Education in 2030 - The $10 Trillion dollar question - HolonIQ
https://www.holoniq.com/2030/
(※3) The European EdTech Funding Report 2021 (15/02/21) | Brighteye Ventures
https://www.brighteyevc.com/post/european-edtech-funding-report-2021
EdTech Funding Report 2021- Half Year Review (30/08/21) | Brighteye Ventures
https://www.brighteyevc.com/post/edtech-funding-report-2021-half-year-review
(※4) What the Federal Government is doing to boost digital learning
https://www.bundesregierung.de/breg-en/search/initiative-digitale-bildung-1860804
(※5) Digital Education Initiative roll-out | Boosting digital literacy for all ages
https://www.bundesregierung.de/breg-en/search/initiative-digitale-bildung-1860892
(※6) Jobs on the Rise Reports | LinkedIn Talent Solutions
The fastest-growing jobs in the world
https://business.linkedin.com/content/me/business/en-us/talent-solutions/emerging-jobs-report#all
(※7) Global $17 Billion Digital Language Learning Market to 2027 - Analysis and Forecasts by Language Type, Deployment Type, Business Type, End User - ResearchAndMarkets.com | Business Wire
https://www.businesswire.com/news/home/20191025005164/en/Global-17-Billion-Digital-Language-Learning-Market-to-2027---Analysis-and-Forecasts-by-Language-Type-Deployment-Type-Business-Type-End-User---ResearchAndMarkets.com


©️JETRO このレポートはCROSSBIEが日本貿易機構(JETRO)向けに作成したものを、許可を得て掲載しています。元のリンクはこちらから。

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