製造業におけるAIスタートアップ -EU機関「EIT」とその取り組みから-

Introduction

European Institute of Innovation and Technology(EIT)は、欧州のイノベーション力を強化するために、2008年に欧州連合(EU)が設立した機関だ。EITは、EUの研究・イノベーションの枠組み「Horizon EUROPE」の柱の1つと言える。EITは、EUの企業、教育、研究をつなぐことでダイナミックで長期的なパートナーシップを構築し、差し迫ったグローバルな課題を解決するためのイノベーションを起こす。それはナレッジ&イノベーション・コミュニティ(KICs)と呼ばれる。今回は、製造業に特化したEIT、EIT Manufacturingのシニア・ビジネスクリエーション・マネージャー、Kniejski氏に、グローバルな課題を解決しつつ産業界を成長させるためにKICsが注力している分野と、それに関するAIのトレンドについて話を伺った。

EIT Manufacturingがフォーカスする4つの分野

「EIT Manufacturing KICは、EITが支援する官民パートナーシップです。インダストリー4.0がもたらす社会的課題を捉え、市場での事業機会を逃さない為の、新しいイノベーション・エコシステムの構築を目指します。ヨーロッパ中の製造業関係者とともに、製造業が起業家的思考で革新的になれるようなコミュニティを形成しています。」

EIT Manufacturingがグローバルな課題解決に向けフォーカスする分野は4つある。

  • ロボットによる技術継承や協働型ロボット:未来の製造業においては、ますます人とロボットのコラボレーションとなり、そのための革新的なソリューションが必要となる。

  • アディティブ・マニュファクチャリングによる柔軟性の向上:3Dプリンタ等をはじめとするアディティブ・マニュファクチャリング技術が広く普及すれば、資源効率の向上と部品設計や生産工程のより高度なカスタマイズが可能になり、資源効率の向上、プロセス全体の最適化が可能となる。。

  • ゼロディフェクト・マニュファクチャリングと循環型経済:製造業は気候変動に大きな影響を与えており、特に廃棄物や不良品をなくす取り組みは、循環型経済の鍵となる。

  • 世界のサプライチェーンのデジタル化:世界のサプライチェーンは、デジタル化されたバリューネットワーク、デジタル上でのマーケットプレイス中心となる。

「AIの時代はまだ始まったばかりですが、用いられている高度な分析自体は、数学や科学の応用といった長年の研究結果に基づいています。AIは、製品開発や購買、そして製造から物流に至るまで、組織全体のプロセスを垂直方向にデジタル化・統合するでしょう。また、水平方向では、自社に直接関係あるサプライヤーから顧客だけでなく、すべての主要なバリューチェーンパートナーをつなげていきます。」

Source: EIT Manufacturing Central gGmbH

AIが製造業にもたらすベネフィット

ドイツでは、AI活用による雇用機会喪失への懸念や対応の遅れなどから、まだまだ大規模な導入に至らない企業も少なくないという。

「革新的なAI技術を幅広く活用して、シームレスな分析やコミュニケーション向上を達成できた企業は、インダストリー4.0がもたらす利益を享受し、競合他社に大きく差をつけることができます。確かに、産業界がAIの活用に本格的に着手する前に躊躇するのは当然のことです。また、企業が自社のビジネスを新しいモデルにアップグレードするのを遅らせる個々の事情もあるでしょう。とはいえ、変革のメリットがそうした懸念を上回る可能性は高いのです。」

Kniejski氏は、以下のポイントをAI導入のメリットとして示した。

  • 製造系AIはプロセスをより効率化し、リソースをより節約する。ロボットやオートメーションは、迅速かつ効率的に生産性をあげる。

  • デジタル化により製品からサービスへの移行が進み、新しいプレーヤー、新しいバリューチェーン、新しいビジネスモデルの創出が可能になる。

  • デジタル化により参入障壁が低くなることで、新規参入者が増加し、新しいビジネスモデルが生まれ、新しいビジネスにつながる。

  • アナリティクスやデータを活用することで、新たな事業機会をより的確に把握することができるようになる。ビジネスを拡大し、新しい市場を開拓する方法が見つかる可能性がある。

  • コストが下がることで競争力が増し、価格が下がるため、顧客にとってもメリットがある。購入しやすい価格になれば、潜在的な市場が拡大する。

  • アナリティクス、カスタマイゼーション、スピードアップにより、顧客は欲しいものをより早く手に入れることができる。それによってサービスのライフサイクルが短縮される。

AIの導入を躊躇する企業は、より速く、よりスマートなテクノロジーを使い、顧客のニーズに的確かつ迅速に応えている競合他社に大きく後れを取ることになるだろう。

注目されているAI分野

「​​実際の傾向として、AIは1)生産ライン、2)継続的な改善、3)ヒューマンマシンインターフェース、ERPシステム、生産現場での工程間のやりとりの最適化に焦点が当てられています。AIはバズワードとなり、VC、スタートアップ、既存企業のいずれもがAIゴールドラッシュに乗り出しています。ここ数年の深層学習(ニューラルネットワークを用いた「学習」)の進歩は、業界で最も注目を集めています。将来的にはAIなしではデータから意味を見出すことができなくなると考えられます。2021年から2027年までの予測成長率(CAGR)は42,2%と推定されています。」

インダストリー4.0におけるAIは、効率化、生産プロセスの改善や無駄の削除、コスト削減、顧客満足度の向上、新たな事業機会創出など、様々なメリットをもたらす可能性が高く、その為の投資が活発に行われ、利用できる補助金なども多い。。企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)に着手すべきは必然であり、早いサイクルで自ら学び、スタートアップとオープンイノベーションの座組で共創し、共に新しいバリューネットワークとビジネスモデルを構築していく必要がある。

それでは、「スタートアップとスケールアップは欧州の未来の経済と社会の鍵を握っている」と言うKniejski氏がピックアップした、ベルリンのスタートアップを2社紹介しよう。

ベルリンを拠点にする製造系AIスタートアップ・スケールアップ2社

5th Industry (www.5thindustry.de)

5th Industryとは、工場での新しい働き方のことだ。5i.Manufacturing Excellence Cloudは、工場内のコラボレーションを完全にデジタル化する。それにより、生産現場、品質管理やメンテナンス、また労働安全などのサポート分野でも、従業員は直感的に、デジタル環境の中で非常に効率的に働くことができる。データはいつでもどこでもアクセスでき、これにより、現場での透明性が増し、速度もより速い対応が可能となる。結果、現場において作業者が中心となることができ、更なる現場環境の改善や開発に積極的に関与できるようになる。

LexaTexer GmbH (https://www.lexatexer.com)

LexaTexerは、エンドツーエンドのエンタープライズAIソフトウェアとIoTデバイス(LXTXR)を使い、製造、オペレーション、サプライチェーンにおけるデータを駆使したソリューションを提供する。

ソリューションは、製造(OEE(設備総合計画)、生産計画、製造フロア・ライン計画など)、アフターマーケット、販売のバリューチェーン全体など、複数のユースケースにわたって緊密に統合されており、例えば、需要予測が最適な生産スケジューリングを知ることができる。実績としては、HMLV環境でのOEEの改善(3%~17%)、売上高の増加(最大30%)、需要予測の誤差の減少(10倍)などが挙げられる。

成功の鍵の1つは、コロケーション・センター

欧州の未来の経済と社会の鍵を握っているというスタートアップとスケールアップ。分野や機能を超えたAIの応用例はあまりにも多いというKniejski氏に、成功の要因を聞いた。

「成功要因の1つは、教育、ビジネス、イノベーションにおける卓越性に焦点を当て、トップレベルのアカデミック研究者と産業界の研究者を共同で配置した、いわゆるコロケーションセンター(CLC)がうまく機能していることです。CLCでは、テーマ別のイノベーションプログラムに参加し、国際的なレベルで事業開発を行えます。ドイツ・ダルムシュタットにある我々のコロケーションセンターでも、ビジネス創出活動が順調にスタートしています。」

スタートアップやスケールアップは、市場にブレークスルーをもたらすことを目的としたイノベーション・エコシステムにおいても非常に重要だ。日本の製造業も、高い成長性と国際的なスケールアップの可能性を秘めたヨーロッパのAIスタートアップの動向把握し、協業可能性の検討などを通じて、スピード感を持ってDXに取り組む時を迎えているのではないだろうか。

<協力>

Dr. h.c. Wolfgang Kniejski
Senior Business Creation Manager
EIT Manufacturing Central gGmbH


©️JETRO このレポートはCROSSBIEが日本貿易機構(JETRO)向けに作成したものを、許可を得て掲載しています。元のリンクはこちらから。

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