ドイツのスタートアップ向け公的助成金制度 -資金供給にとどまらないイノベーション創出支援も-

Introduction

ベルリンやミュンヘンなど欧州屈指のスタートアップ集積地を擁するドイツにおいて、各地のスタートアップ・エコシステムを維持・強化しているのは研究機関や大学である。

PwCとドイツ・スタートアップ協会(Bundesverband Deutsche Startups e.V.)の共同調査レポート「ドイツ・スタートアップ・モニター2021」によれば、スタートアップ企業の55%が科学研究機関と連携していること、4社に1社が大学などの研究機関から生まれていることなど、スタートアップシーンが学術研究と密接に結びついていることが報告されている。

イノベーションの担い手としてスタートアップを重視し、官民連携による様々なサポート体制が確立しているドイツでは、大学等発ベンチャーや研究開発型スタートアップを資金面から支援する制度が充実している。「ドイツ国内に拠点がある海外企業」も対象となっている助成プログラムがあることも、域内外から有望な企業やスタートアップを惹きつける要因のひとつとなっている。

本レポートでは「ドイツのスタートアップ向けファンディング・プログラム」に注目し、政府や地方自治体などが提供する公的助成金制度と融資制度をピックアップして紹介する。

EXIST

ドイツ連邦経済・気候保護省(BMWK)による研究開発型起業支援プログラムで、学生や研究者が先端技術や研究成果を事業化できるよう支援する。2018年7月にはEXIST支援による初のユニコーン企業「セロニス(Celonis)」が誕生している。

(参考記事)連邦経済エネルギー省支援でユニコーン企業が誕生(ドイツ)|ビジネス短信 - ジェトロ

EXISTには助成金プログラムと大学の起業ネットワーク構築支援プログラムがあるが、ここでは2種類の助成金プログラムを取り上げる。

EXIST Business Start-up Grant

学生、研究者、5年以内の卒業生や中退者、または学生主体の3人以下のチーム向け助成金。大学または研究機関を通じて申請する。

応募要件は(1)革新的な技術に基づくスタートアップ・プロジェクトまたは(2)科学的知見に基づく革新的な知識ベースのサービスであり、独自のセールスポイントによって経済的に成功する可能性があること。

<助成金内容>

  • 個人の生活費:月額1,000ユーロ(学生)~3,000ユーロ(博士号取得者)

  • 材料費・設備費:上限10,000ユーロ(単独で起業)〜30,000ユーロ(チームで起業)

  • コーチング:5,000ユーロ

  • 助成期間:1年間

EXIST Transfer of Research

研究成果の実用化を目指すベンチャー企業や研究所に製品開発資金を提供する。

フェーズ1(技術的実現可能性調査):上限250,000ユーロの資金提供。
フェーズ2(事業開始):プロジェクト費用の最大75%(上限180,000ユーロ)の資金提供。

High-Tech Gründerfonds(HTGF)

2005年に設立された政府系ベンチャー投資ファンドで、ハイテク分野のスタートアップとスケールアップを支援している。同ファンドには連邦政府やドイツ復興金融公庫(Kreditanstalt für Wiederaufbau : KfW)に加えて、民間企業も出資している。

これまで同プログラムを通じて約9億ユーロを出資し、650社以上の創業を支援してきた。投資以外にもビジネスネットワークの構築支援や個別コンサルティングなどを行う。

<主な支給要件>

  • デジタル技術、産業技術、ライフサイエンス、化学および関連する事業分野のハイテクベンチャー企業である。

  • 商業登記から3年以内である。

  • 他の投資家からこれまでに500,000ユーロを超える出資、匿名組合出資金、コンバーチブル・ローンを受けていない。

  • ドイツ国内に本社または支社がある。

  • 海外のスタートアップ企業は、ドイツ市場との明確な繋がりがあり、かつ投資総額の大部分をドイツで使っている必要がある。

Gründung Innovativ

ブランデンブルク州と欧州地域開発基金(ERDF)が支援するベンチャー企業向け助成金。中小企業やベンチャー企業が事業を開始してから3年間、その経費の一部を負担する。

対象企業に対し、人件費、生産用機械器具などの取得費用、コンサルティングサービス費用、ライセンス取得などの資金として、25,000ユーロから100,000ユーロの範囲で提供される(対象経費の50%を補助率の上限とする)。

Pro FIT - Frühphasenfinanzierung (early phase financing)

ベルリン投資銀行(IBB)を通じてベルリン州がバックアップする、革新性の高い技術系スタートアップへの助成金・融資プログラム。人件費、設備投資、運営費などスタートアップの創業期に必要な資金を支援する。

助成金は2つのフェーズで構成されており、いずれのフェーズにおいても助成対象となる費用の100%をサポートするのがこのプログラムの特徴だ(両フェーズでの融資総額は最大500,000ユーロ)。

フェーズ1:50%を返済不要の助成金で、50%を融資(上限200,000ユーロ)で調達する。期間は最長1年間。
フェーズ2:100%融資で資金を調達

<応募要件>

  • ベルリンに拠点を置く、新設の小規模かつ技術志向の企業である。

  • イノベーションプロジェクト(R&Dプロジェクト)を計画している。

  • フェーズ1での融資を受けるためには設立12ヶ月以内、フェーズ2での融資を申請する場合には設立24ヶ月以内であることが必要。

Pro FIT - Projektfinanzierung

先に紹介した「Frühphasenfinanzierung (early phase financing)」とは異なり、こちらは「技術革新プロジェクトのための助成金・融資制度」で、企業だけでなく研究機関も対象としている。産業研究、実験開発、生産開発、市場準備、市場投入の各フェーズに応じて、返済不要の助成金や低利融資を行う。

1つのプロジェクトにつき助成金は最大400,000ユーロ、融資は最大1,000,000ユーロ(対象経費の80%を上限とする)の資金提供が可能。

基本対象は(1)ベルリンに事業所または独立した施設があり(2)単独または企業や研究機関と共同研究をしている中小企業。

中小企業や研究機関と連携している場合のみ、中小企業以外も対象となる。また1社以上と連携している場合のみ、研究機関も対象となる。

研究開発手当法(Forschungszulagengesetz)

前述のような公的助成金制度に加え、ドイツ政府は2020年1月、研究開発に対する助成と税制優遇措置が定められた「研究開発手当法(Forschungszulagengesetz : FZulG)」を施行し、R&D税額控除制度を導入した。

この制度は、企業規模や利益状況を問わず全てのドイツ企業が利用申請できる。対象となる研究開発プロジェクトは「基礎研究」「産業研究」「実験開発研究」のいずれか1つ以上のカテゴリに分類されることが要件。また大学と共同で行う研究や委託研究等の研究開発プロジェクトも同様に税額控除の対象となる。

支給プロセスは(1)プロジェクトが実在し且つ要件を満たしていることを認定する機関への証明書申請と(2)研究費申請の2段階に分かれている。

対象となる研究開発プロジェクトに係る直接人件費や社会保障費、外部委託費など要件を満たす基礎額(上限2,000,000ユーロ)の25%について、年間最大500,000ユーロの税額控除の額が付与される。


©️JETRO このレポートはCROSSBIEが日本貿易機構(JETRO)向けに作成したものを、許可を得て掲載しています。元のリンクはこちらから。

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